こどもの日は何をして過ごしましょうか?

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5月5日は「こどもの日」です。

昔からお祝いされている記念日だと思ったら戦後に作られた祝日でした。

この日は「端午の節句」でもあります。

ではこどもの日はどのように過ごされているのでしょうか。


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「こどもの日」は戦後生まれ

こどもの日は日本だけでなく、世界中にあります。

1925年こどもの福祉世界会議で6月1日が「国際こどもの日」と制定されてからは多くの国で6月1日を「こどもの日」と制定しています。

日本では1948年に「こどもの日」が制定されました。

5月5日に制定して欲しいという嘆願が国会に数多く集まったために「端午の節句」でもある新暦の5月5日に決まりました。

端午の節句は鎌倉時代の武家社会の影響を受けて男の子の武運長久を願う日として行事が行われてきましたが、「こどもの日」は男女関係なく子供の幸福を願う日本国の祝日となりました。

何を食べる?

関東と関西では微妙に食べる物が違います。

関西では

ちまきを食べる事が多いです。京都、奈良といった古都が多い関西では、端午の節句の本家中国からちまきを食べる習慣が入ってきました。

中国ではもともとの端午の節句は、2千年以上前の人望熱い政治家であり詩人だった屈原という人物の死を悼む行事でした。

屈原という人は有能な政治家でしたが政争に巻き込まれ失意のうちに川に身を投げてしまいました。

人望熱い人物だったので人々が死を悼み、魚に屈原の遺体が食べられてしまわないように、とちまきを川に投げ入れたといいます。

投げ入れたちまきが悪い竜に食べられてしまいました。

そこで人々は竜が嫌う笹の葉をちまきに巻いて投げ入れたといいます。

その名残が日本の古都に伝わって、関西では端午の節句にはちまきを食べるようになったと言われています。

関東では

柏餅を食べる事が多いです。鎌倉時代から武家社会になり、武士が力を持つ関東に政権が移ると端午の節句は男の子が強くてたくましい侍に育つように願う行事となってゆきました。

江戸時代に入ると商人が力をつけてきて、武家だけの行事だった端午の節句を商家でも行うようになってきました。

兜や鎧の飾りを作り、端午の節句を祝い始めたのもこのころからです。

柏の葉は新しい芽が出てから古い葉が落ちるので、世代継承、子孫繁栄を意味する縁起物として柏の葉で餡入りの餅を包みました。

江戸時代の大名の参勤交代を通じて柏餅が全国に広まりました。

菖蒲湯に入る

菖蒲の葉の形が刀に似ていて、香りも邪気を払うようなさわやかさがあるので男の子にとって縁起物とされてきました。

また「菖蒲」の読み方が「尚武」とつながり「勝負」にもつながる縁起の良い植物として軒先につるしたり、風呂に入れられてきました。

菖蒲湯には薬効があり、血行促進、肩こり改善、冷え性、疲労回復に効くとされています。

鯉のぼりをあげる

最近ではマンションに住まわれる人もたくさんいますので、大きい鯉のぼりを飾ることが難しくなってきています。

鯉のぼりは江戸時代に力をつけた商人が端午の節句に飾るのぼりに立身出世の縁起をかついで鯉を描いたことが始まりと言われています。

当初は男の子の出世を願って黒や青の鯉だけでしたが、時代とともに赤い緋鯉や子供の鯉が登場するようになりました。

まとめ

「子供の日」は端午の節句と同じ日になっているので、食べる物や行事も端午の節句と兼ねていることが多いです。

関東と関西では端午の節句の日が違う地域も多いと聞きます。

これは関西では端午の節句を旧暦で行う為です。旧暦ですので毎年同じ日というわけではないですが、6月5日前後が関西の端午の節句となります。

関西では新暦の5月5日の「こどもの日」と旧暦の端午の節句と分けてそれぞれ行われるのでしょうか。

非常に興味深いところです。


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