日本代表が8強を狙う!! ロストフ・ナ・ドヌってどんな街?

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2018年ロシアサッカーワールドカップがいよいよノックアウトステージに入ってきました。

日本代表はワールドカップ史上初のフェアプレーポイントの差で薄氷の決勝トーナメント進出を決めました。

前々回の南アフリカワールドカップ以来の8年ぶりの決勝トーナメント進出になります。

ロストフ・ナ・ドヌという街で行われる決勝トーナメントラウンド16。

この街で勝つと日本代表が未体験のベスト8進出が決まります。


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ロストフ・ナ・ドヌってどこにあるの?

グループリーグ第3戦を行ったヴォルゴグラードから西南に500kmほどいった場所にあります。

ロシアの首都モスクワからは1000km以上離れています。

ロシアは非常に国土が広いので8つの行政区画で国を管理しています。

ロストフ・ナ・ドヌはヴォルゴグラードなど周辺の州をまとめた南部連邦管区の本部が設置されています。

ロストフ・ナ・ドヌの歴史は?

ドン川というロシアの主要な川のほとりに早くから人々の営みがあったようです。

ドン川流域は遊牧民族スキタイ人の発祥の地で、13世紀になると進出してくるモンゴル帝国との戦場になりました。

チンギスハーンの長男、ジュチがロストフ・ナ・ドヌの西にある河口のアゾフという街を支配していました。

中世にはジェノア共和国が要塞都市を作ったり、オスマン帝国が要塞を作ったりと交通の要衝だったので要塞都市として発展をしてきました。

18世紀に入るとこの地方を制定したロシアのピョートル1世の娘で女帝だったエリザヴェータの命令でオスマントルコとの税関を設置したのがロストフ・ナ・ドヌの街のが始まりとされています。

アゾフ海という国会と通じている海のそばにあり、運河の役割もするドン川の河口というロケーションの為、イタリア人、ギリシャ人、トルコ人などの商人がたくさん訪れる商業の発展した街になってゆきました。

20世紀に入るとロシア革命が発生し、白軍(資本家側)赤軍(革命側)に分かれてロシア国内に内戦がおこり、経済と交通の要衝だったロストフ・ナ・ドヌは争奪戦の戦地となりました。

第二次世界大戦がはじまるとロストフ・ナ・ドヌは2度にわたってナチスドイツの攻撃を受けました。

2度目の攻撃で街は徹底的に破壊され、復興するまで10年の月日がかかったと言われています。

1952年にヴォルガ・ドン運河が作られて、ロストフ・ナ・ドヌはアゾフ海、黒海、バルト海、カスピ海、白海と五つの海に通じる交通の要衝へ変わりました。

現在は付近の石油油田や鉱山、発達した工業、海運や運河を通した通商で経済は非常に発展してきています。

ロストフ・ナ・ドヌの観光名所は?

ロシア革命の時には寺院や教会が革命軍によって破壊され、第2次世界大戦時に町全体がナチスドイツによって破壊されてしまったので、建築物は比較的新しいものが多いです。

生神女福音大聖堂

生神女福音大聖堂

ソビエト時代に多くの聖堂や寺院が宗教禁止の為に破壊されましたが、19世紀に作られた生神女福音大聖堂は何とか破壊を逃れて現存しています。

黄金の玉ねぎ屋根のこの聖堂はロシア正教の聖堂で「生神女」とはキリストの母親、聖母マリアの事です。

現在はロストフ・ナ・ドヌの街のシンボルとなっています。

ロストフ・ナ・ドヌにはどうやって行くの?

日本からだと、ロシアのS7航空を使ってイルクーツク経由でモスクワにまず行きます。

モスクワのドモジェドヴォ空港で乗り換えてロストフ・ナ・ドヌへ行きます。

トランジットの時間が長い場合は日本から丸24時間以上かかることもあります。

治安は大丈夫?

100万人都市ですから危ないところもあると思います。

またロシアは全人口の0.5%が薬物に関わっているという調査もあり、地元の人もいかないようなところは自重した方がよいでしょう。

また最近の傾向ですが、ロシア全土でイスラム過激派のテロと思われる爆発騒ぎが起きています。

外務省の渡航情報を事前に入手しておきましょう。

おわりに

日本代表の試合が行われるのは2018年7月3日午前4時ロストフ・アリーナで行われます。

このスタジアムはサッカーのロシアプレミアムリーグのFCロストフの本拠地でもあります。

サッカー熱が高いこの土地で日本は日本サッカー界の新たなページをめくることが出来るのでしょうか。


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